2025年4月30日
皆さんこんにちは、青森県家庭教師協会・KATEKYO青森です。
今日は青森東事務局教務の直井が担当します。
新年度がはじまりました。お待たせしました(?)
高校現代文のシリーズの連載を再開したいと思います。
(前回までの記事)
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#5
私の人生において、感銘の受けた授業というものがいくつかある。
今までわからなかったことがわかって、“世界が急に明るくなる"感覚になる。
または、モーゼの『十戒』のごとく、
真っ黒い海の間を切り裂いて、光輝く道が立ち現れてくる感覚ともいえよう。
『蒙(くらき=無知や偏見)を光(=理性)によって啓く(ひらく)』と書いて
『啓蒙(けいもう)』という。英語でも"enlightment"と書き、
en(与える)+light(光)で、「光を照らす」という意味だ。
さて、もし知らないことを“すべて"知ることができたら、どんな世界が待っているんだろうか。
ロールプレイング・ゲームを遊んだことがあれば、冒険の終盤、
マップ上をすべて飛び回れるようになると、それはそれはエキサイティングに未到達の地を探検した。
知らない、行ったことがない、をすべて消化して完全クリア。気持ちいいやりこみ要素だ。
そんな少年も、知の世界もきっと同じなんだ!と純粋無垢に学んだ先に待っていたのは
突然の崖、何もない暗闇、プログラムされていないマップ。絶望するだろう。
別の例を考えよう。
進学校に入学して渡された、数学の青チャート、英語の文法書や単語帳、
理科・社会の教科書・参考書、さらに古文漢文…
と、先生に言われるがまま歯を食いしばってクリアした先に見えたものは、
真理に満ちた輝かしい世界というよりは、
「まだわからないもの」がわかるようになるという、更なる深淵の入り口だった。
ソクラテスのいう「無知の知」の境地である。
さて、「自分がまだ無知であることに気付くこと」は絶望なのだろうか。
いや、『知らない世界』の存在に気付く、メタ認知の獲得をしたのだから上出来だ。
これは自己研鑽の観点では非常に優れている。
“無知"である自分をどのようにして“知"に近づけていくか、
そのルートを自分自身で構築できるようになるからだ。
難関大の受験勉強においては、この思考は不可欠だ。
(KATEKYOの先生はここに導くのがとても上手いと感じる。)
この「啓蒙」はとても優れたものに感じるが、反面、危険もある。
18世紀、フランス啓蒙思想の広がりによって、宗教や慣習にとらわれた大衆の“蒙昧"を啓き、旧体制の改革運動に繋がった。
そのようにパワーに満ちている“啓蒙思想"は進歩主義と結びつきやすい。
つまり、のちの帝国主義的侵略行為であったり、グローバル化の波における
未開社会の不必要な発展の強制(自文化中心主義)にもつながったと考える意見もある。
“啓蒙思想“というものそのものもメタ的認知でとらえる入れ子構造的な謙虚さを持ちたいところだ。
書いた人:青森東事務局 直井
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